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作新学院小学部60年の歴史 《記録から追う60年の軌跡 その1》 [その他]

 小学部創立60周年を迎えることで,昔の写真や記録を多く見返す機会にも恵まれました。子どもたちには朝の集会で60年を振り返るスライドを上映しましたが,その一部をブログでもご覧いただきたいと思います。10年ごとに,6回に分けて記事を掲載します。

【第1回 1954(昭和29)年~1963(昭和38)年】

 1954(昭和29)年4月12日,18人の新入生を迎えて小学部は開校した。1学年1学級,1つの教室という小さな存在であったが,栃木県内では戦後初めて,唯一の私立小学校としてのスタートを切った。部長は創設に尽力した副院長の船田小常(ふなだ・こつね)が兼任した。
 小学部発足当時の校舎は,南門から入って左手の元短大(現・作新幼稚園)の場所にあった。外壁はピンクにペイントされ,内装も明るく,モダンであった。教室の南側は広いガラスの出窓になっており,教室というよりホールのようで,いろいろな集会のできるオープンスクール風の教室であった。
 教員室はなく,教師はいつも教室の脇に事務机を置き,児童と一緒に過ごした。入学当初,服装は自由であったが,1959(昭和34)年には制服が制定された。給食はなく毎日弁当を持参。天気のいい日は校庭の草むらの中で陽の光を浴びながら昼食をとった。
 授業時間は現在とほぼ変わらない時間を確保。ミス ラッタ,ミス クロエカーの英語は毎日1時間目に0.5時間ずつ,週5日実施した。聖話は週末に幼稚園へ行き,部長の指導を受けた。
 当時,女子部(高等学校)からは毎日3年生が事務実習生として来ていた。女子部生徒は礼儀正しく誠実で,児童の遊び相手になり,通学の送迎から授業中の世話までよくやってくれた。男子部の生徒も運動会の応援に来て一緒に参加したり,感謝祭には白菜や大根をかついで届けてくれたりした。創設期の小学部は作新という大家族の中で慈しまれ,温かく見守られていたと言えよう。
 その後,小学部の学年が増えていくにつれ,新しい教室や特別教室も整備され,小学校としての形が整った。1960(昭和35)年3月23日には第1回の卒業生を送り出すことができた。 
 1963(昭和38)年からは業者による委託給食を開始。このころから,幼稚園・小学部・中等部合同での運動会を行うようになった。小学部は児童数が少なかったので,学校行事は全学年を通して行うことが多く,たて割り活動も積極的に行い,他の設置校の行事にも加わって活動した。臨海学校は中等部と行動を共にし,男子部のマラソン大会に高学年が参加し,沿道の人たちから大きな声援を受けたこともある。
(作新学院小学部50周年記念誌・作新学院100年誌・作新学院110年誌より)

【1954(昭和29)年 小学部1回生】
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【1955(昭和30)年 船田小常先生・クロエカー先生と】
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【1957(昭和32)年ごろ お弁当を食べる小学部児童】
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【1959(昭和34)年 英語劇の発表】
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【1963(昭和38)年 スクールバス】
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